ガラス工房燃料部。

森永硝子工房グラスエリア燃料調達部部長の本日の業務は、炭やき釜への出向である。

燃料の現場を知っておくことは大切な業務である

今回の炭焼きは調子が良いようでほっとしている。

よい炭ができますように。

  
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今は「口焚き」と言われる乾燥焚きの状態だが、けっこうな量の薪をぼんぼんくべる。
2メートル離れていても熱気が押し寄せてくる。
これを見ていると、ガラス炉も薪だけで出来そうな気がしてくる。要は大量の薪と、(大量の)吸気があればいけるだろうと思うのだ。

しかし、新しく窯を作らねばならんのが、なかなか踏み切れないところだ。
構想はまとまりつつあるのだが。

フェイスブックをぼんやり見てたら、どなたかが、 「一般社団法人日本木質バイオマスエネルギー協会」
なる所のページを紹介して下さっており、これがお固い名前の割に大変面白い内容で、参考になる。

その中に、

この当時の日本を振返ってみよう。昔ながらの木質燃料は、海外から入ってくる安価な化石燃料と国内の原発から送られてくる電気に押されて、衰退の一途をたどっていた。灯油や液化天然ガスが山奥の集落にまで深く浸透し、薪や木炭は徹底的に駆逐されていく。

という一節があり、大変ぐっと来る。

まさに、ここほんの数十年で、「薪や木炭は徹底的に駆逐されて」いった。

私は間に合ったのだろうか。

吹きガラス窯での薪と炭の使い方。(いにしえのマエストロのように)

今年から吹きガラス窯で薪と炭を焚いているが、近ごろやっとパターンが決まってきたようだ。

最初の頃はやみくもに焚いて、ススとケムリが出るばかりで、ずいぶん無駄も多かったが、少しは賢くなった。

さて、まず、朝一番にダルマの底の灰をかき出し、窯前を掃除する。

そして、小ダルマに炭を1,2本投入。

次に、小ダルマのガスバーナを点火する。
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それから大ダルマに細めの薪を一本投入。余熱で窯内は十分熱いので、しばらくすると薪がくすぶりだす。

そのケムリは小ダルマに流れて、小ダルマ内できれいに燃焼してしまう。

大ダルマの薪が燃え尽きて熾き火になったら、次の薪を投入。またケムリを出して小ダルマ内で燃やす。

そうやって、繰り返し薪を燃やすうち、大ダルマ内では、大量の熾き火ができる。

その熾火を長い火箸でつかんで小ダルマに移動してまた燃やす。

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こういう感じの繰り返しで、ガスバーナーはごくごく絞っていても、小ダルマ内は高温を保つ事ができる。

熾き火は大量にできるので、小ダルマに入りきらない分は、ペール缶に入れて蓋をすれば酸素がなくなり、消し炭ができるので、それを家の火鉢で使用する。

このように、何というか、吹きガラスの仕事をしつつ、炭作りもできるというパターンが形成されつつあるのが、何かいい。

かっこ良く言えば、「カーボンニュートラル」な、炭素固定をやっているわけだ。

更に、このパターンでいくと、小ダルマ内がケムリが自燃するほど熱くなれば、ガスを止めても無煙炭焼き窯ができる。

温度が下がればまた適宜、小ダルマに大ダルマの熾き火を移動させればすむ話である。

これからの課題としては、ススの出やすい油分の多い杉や竹を入れすぎると、黒いススのケムリが出る事だ。

だが、逆に、このススを完全に燃やしきる事ができれば、
更なる薪ガラス炉の高温化が出来る筈だと思っている。

まあそういう訳で、薪を燃やしつつ、リサイクルグラスを熔かして、ルネッサンススタイルのワイングラスなど、作っていると、古(イニシエ)のマエストロになった気分で仕事ができて大変気分が良い。

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さて、ここからは、まあ宣伝だが、

このワイングラスは、ただ今開催中の、鹿児島市のシーズギャラリーで展示しているので、気に入っていただけたら、お買い求め下されば幸いである。

木質ガスの燃焼。動画つき。

ようやく寒くなって吹きガラスの仕事も楽になってきた。

と思ったら、今日は蒸し暑くて小屋内は30度。夕方から雨が降りだす。

木質ガスの燃焼は水素ガスの燃焼が多いように思う。

動画を撮ってみた。

透明な炎でふわふわ燃えているのが、木質ガスの炎だ。

木質ガスだけでは温度が上がらないので、プロパンガスも、ごくごく絞って燃やしているが、赤い炎がプロパンガスの炭素が燃えている炎である。

ガラスを熔かすのには赤色の炎が良いという。(輝炎、というらしい)

つまり、炭素が燃えている状態がガラスの加工をしやすい炎という事だ。

ガスより、灯油、灯油より、重油が吹きガラスの作業はし易いというのも、炭素分が多いほうがガラスをよく熔かすということだ。

という事は、炭素がほとんどない、水素ガスの燃焼は吹きガラス向きでないという事になる。

まだまだ、課題が多いようである。

昔はいい時代ではあったが「〇〇が欲しいのですが・・・・」というと、オレに聞け!みたいなオヤジが出てきて、「なんにするんだ!」と聞かれ

気がつくと、萩の白い花が散り始めている。
不思議に咲くのも散るのも静かな花で、昔の日本人はそんなところを秋の花として愛したのだろう。

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今はコスモスが秋の花になってしまったが、花札にはできないな。

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さて、今日は少し時間があったので、買っといた小型ファンの結線をして、使えるようにする。

薪炭ガラス窯はエアを強制的に入れた方が温度が上がるようなので、流量の大きなACファンをオークションで手に入れといたのだ。

一つはカタツムリ型のシロッコファン、もひとつはふつうのACファンだ。

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近ごろは、こういうパーツがネットで手に入れられるようになって、わたしみたいな、自分でやるぜ派にはいい時代になったもんだ。
その他の政治経済とかは近未来的な退廃的崩壊状態だがそこがまた近未来的ではある。

昔はいい時代ではあったが、私の少年の頃はホームセンターすらなく、こういうコマい部品を買うのにも、地元の業者しか入らないコアな卸売専門業者に覚悟を決めて入り、「〇〇が欲しいのですが・・・・」というと、オレに聞け!みたいなオヤジが出てきて、「なんにするんだ!」と聞かれて、いや、あんたに言ってもわからんだろ、オレみたいな非常識な使い方、とも言えず、適当な分かりやすい言い訳をしつつ買うのが苦痛だった。値段も、最後におっさんが分厚いカタログをめくって調べるまでわからんし、結局以外に安かったりするのだが、とにかく手に入れるまでの過程が大変だった。

だからパソコンの画面で、値段と寸法を確認しながら買える、というのは、もう、理想的なのですね。
その分、余計なものまで買ったりするが。

そういう事で、すぐに、強制ファン、つまり薪、炭用の電気フイゴがすぐにできてしまった。

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さてさて、シロッコファンと、普通のACファンを並べて、風量実験してみよう。

以外な事にシロッコファンはその、いかにも大風量があります!という外見からは期待ハズレな風量であった。

普通のACファンのほうが、少し、風量体積は勝ってるのではないかと思う。

ただ、シロッコファンのほうが、風が絞られてて吹いてくるのはいいのだが。

あとは、明日、実際に焚いて実験するしかあるまい。

シロッコファンのほうが高かったんだがな。

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20度くらいが窯の火が、ありがたくなる境目のようですね。いい季節になりました。

某月某日、とうとう工房の温度が30度を切った。

朝など寒くて、夏の間は近寄りたくもなかった窯の火に手をかざしてしばらくじっとしていた。

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ほんのそこら10度ぐらいの温度差なのに、人は暑い寒いとめんどくさいことである。

これから寒くなってくると吹きガラスの仕事は暖かくて最高の季節だ。

特に冷たいみぞれ混じりの雨の日は最高である。

今年から薪を焚いて作り出したので、焚き火をしながらガラスを作れるという、焚き火好きの私にとっては更に楽しみな季節になる。

早く冷たい雨の日が来ないかな。

吹きガラスは化学反応を起こしながら作っているのだ!カリガラスへの挑戦なのだ。

もう彼岸も過ぎたから、これでやっと鹿児島も涼しくなったと余裕で仕事してたら、いやなんか暑くないか?と温度計見たら40度越えてて熱中症になりそうになった。

エムズギャラリーの個展も無事に終わって、少し気が抜けたが、次があるので、やっぱりずっと作っている。

相変わらず炭と薪とガスで焚いているのだが、だんだんコツもわかってきて快調である。

M'sギャラリーのK矢さんが、今回出したコップを触って「ツヤツヤしてますね〜」

とおっしゃっていたが、自分でも「なんか今までと違うなー」と思っていたので、人に気付いてもらえると嬉しい。

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表面にもう一枚、膜があるような、感じがするくらいツヤツヤしており、手触りもなんか柔らかい。

多分これは想像だが、薪を焚いていて、薪に含まれるカリ成分が、ガラスと反応し、表面が釉薬がかかったような状態になっているのではないか、と思う。

ボヘミアガラスが、カリガラスの代表だが、カリガラスというガラスは、ソーダガラスや、鉛ガラスと比べ、融点が高く、キラキラしているのが特徴である。

昔見たことのあるカリガラスに、今回の薪ガラスは似た光り方をするように思う。

1000度を超える温度で、作っているのだから、そのような化学反応が起きていてもおかしくはないと、思うのだが。

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ガラスという、不思議に透明な器が生まれた事の不思議もあるのだが、 今回は、薪と炭を使った吹きガラスを始めてしまった事による、燃焼の不思議の、訳のわからなさがメインの気持ちだ。

KTSさんの取材の補足を書いたが、もう一つ、今回のエムズギャラリーさんの展示会で説明しておきたい事があったのだった。

エムズギャラリーさんの葉書に、

「ガラスの謎に改めてとらわれてしまった。

シルクロードを渡ってきたグラスを、しげしげと眺め続けた人のように、

本当にわからない事だらけになってしまった。」

と書いたが、

ガラスという、不思議に透明な器が生まれた事の不思議もあるのだが、

今回は、薪と炭を使った吹きガラスを始めてしまった事による、燃焼の不思議の、訳のわからなさがメインの気持ちだ。

 

なぜ炭は炭素の固まりなのか、

木が炭素の固まりになる過程で、失われる木質ガスはどれほどのエネルギーなのか、

燃焼の為の空気は入れれば入れるほどいいのか、

それとも空気を入れず、強還元状態のほうが、ガラスはよく焼けるのか、

赤い炎と、白い炎のどっちがガラスの芯まで焼けるのか?

と、いう具合に、ギモンが次から次へと浮かんできて、もうすべてが訳わからなくなってしまった、

と、言う事を今回の葉書では言いたかったのである。

会場にいて、説明できたら良いのだが、今回は窯に火が入っているので、ギャラリーに詰められず、その辺の説明ができないので、ここで説明しておきます。

しかし!

訳が分からないが、確実に判る強みを吹きガラスという仕事はもっている事に気付いた。

吹きガラスの作業をしていて、棹の先のガラスをあぶっている手応えで、窯の状態を感じる事ができるのだ。

「あ、これはもう(ガラスが)柔らかくなってきているな!」

という手応えは、棹を回している力ぐあいで指先が微妙に判断できるのである。

つまり、吹きガラスという仕事は、窯の状態が判断できるゼーゲルコーンを棹の先に常につけている、

という常時、ゼーゲルコーン状態である。という事だ。

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これはつまり、

訳のわからん窯の状態を、

常に判断できるセンサーをもっているという事になる。

これは、すごい事ではないのか?

訳のわからん窯の燃焼状態を指先で判断できる!

という事なのだ。

 

むうー、すごおい事に気付いたのだが眠いのでこのへんで今日は終わり。

 
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「モリナガさんは、自然に囲まれた森の中で暮らす内・・・・」とありましたが、

観光バスに続いて今度はテレビの取材が来たりと、ブレイク寸前のようだが実は寸止めのモリナガですが皆さんお元気ですか。

私はこの所、休みなしで窯の前にいるので干上がっています。

さて、先日、KTSさんが、エムズギャラリーの展示会を取材して下さいました。

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KTSさんは何かとご縁があり、ありがとうございます。

今回、薪と炭を使った吹きガラス、という事で放送してくださったのですが、補足で説明させていただきます。

まず、「モリナガさんは、自然に囲まれた森の中で暮らす内・・・・」とありましたが、森の中にいるのは、子供の学校の関係で借りた山奥の家にいる時で、普段の吹きガラスの仕事は工房のある割と、住宅街の中でやっております。

何故か、私に会いに来た人は意外と、私が街中に住んでいて意外に思われるようです。

そんだけ森の中にいるように思われるのでしょうか?

嬉しい事です。

それから、「薪と炭を使って吹きガラス・・・」と、薪と炭だけ使って吹きガラスをやっているようですが、それだけでは温度が上がり切らないので、ガスと灯油も併用しております。

つまり、なんでも燃やしているのですね。

そのうち、天ぷら油や、バイオガスや、プラリサイクルや、水素ガスや、水蒸気爆発も使ってみようかと思っております。

以上、補足でありました。

マルヤガーデンズ、エムズギャラリーでの個展、明日までですので、お見逃しなく。

そうそう、エムズギャラリーさんがブログにアップしてくださいましたので、リンクしておきます。

エムズギャラリー2014年森永豊ガラス展

よろしくです。

あなたも多分勘違いしている遠赤外線の勘違い。遠赤外線を使いこなすには。

さて、今日も炭火吹きガラス炉は快調である。

この炭火のじわっとくるあぶりは実にやりやすい。

特に鉢、ボウルをやる時に、身の中程がじわっと柔らかくなるので、ゆるやかな曲線をたもちつつ、広げていくのが大変やりやすいのである。

もう、前のガスバーナーだけのあぶりには戻れないかもしれない。

あぶりたいところをピンポイントであぶれる小さなバーナーが炉内にあるようなものなのだ。

 

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ところで、この炭火効果だが、前の記事で言ったように、どうも私は遠赤外線というものを勘違いしていたようだ。

 

吹きガラスで薪と炭を使ってみたら。

 

遠赤外線効果というと、なんとなく、遠くまで暖かさがじわっと来ること。

と思っていたのだが、それは違う。

炭火の遠赤外線は近ければ近いほど、対象物(炭火焼きの時の食材や、吹きガラスの時のガラスなど)を暖める効果があるのだ、とわかった。

 

 

吹きガラスを炭火でやって、やっとわかった赤外線の意味。

 

 

炭火で作業していてなんとなく、そんな感じがしていたのだが、調べてみると、遠赤外線の、「遠」は、赤外線のうち、より、赤の波長から遠い波長の赤外線を赤外線というのであって、遠くまで届く、という遠、ではないということらしい。

 

ちなみに、赤の波長に近い赤外線は近赤外線というらしい。

 

まったく恥ずかしい事で、いちいち書くのも恥さらしだが、知らぬはいっときの恥である。

多分私と同じ勘違いをしている人もいるだろうと思って老婆心ながら書いてみた。

 

おそらく、遠赤外線に、効果が付いてくるから、変な勘違いをしてしまうのではないだろうか。

バーベキューをやる時に、起こり始めのゴウゴウたる炭で、肉を焦がしながら焼いて、食べて、腹いっぱいになってしまって、一息ついて、

落ち着いたいい感じの炭火を眺めながら、「今焼けばうまいこと焼けるんだがなー」と、しみじみ後悔するのは毎度のことで、まさにこれが遠赤外線効果であったのだ。

 

落ち着いたころの炭火で厚めの肉を火に近づけてじっくりと芯まで焼く。

これが、一番効果的な炭火の使い方だ。

 

しかし問題は腹が減っている時にそこまで辛抱して、じっくり焼けたためしがない事なんだな。

 

 

吹きガラス作家は本当に食べていけるのですか?

炭火吹きガラス炉は、今日も快調である。

 

今日は久しぶりにこのコップを作る。

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いつの間にか定番コップになってうれしい。

 

難しいけど、作るのが面白いコップである。

 

さて、炭火の遠赤外線効果が、吹きガラス製作でどうして優位になるのか?

と、書こうと思い、炭火のことをパソコンで調べていたら、なにかの質問箱に、

「兄が、ガラス作家になろうとしていますが、どうしたらいいのでしょうか?

ガラス作家は食べていけるのですか?」

 

みたいな趣旨の質問があって、つい、釘付けに見てしまった。

 

ガラス作家は食べていけるのですか?

食べて行けません!

と、即座に回答しようと思ったが、ま、落ち着いて人々の回答を見てみると。

 

けっこうな数の回答があり、おおむね9割が、「やめた方がいいです」

と、ごくまっとうな意見であった。

で、残り、1割、が「本人の好きにさせて行ける所まで行かせてしまえ。やりたいのならやってしまえば、結果はどうでも良いではないか」

というもので、なるほど、これが正解であるかな、と思い直した。

よく考えてみたら、自分も、そうゆう人間の一人だった訳だし、吹きガラス作家になる為に、修行したり、勉強したり、専門の道具を少しずつ買い揃えていたりしている人間に、何を言っても無駄ではないか、ということなのだ。

 

ま、しかし、私は独立したい!という人に、ことごとく、「やめた方がいい。」

と言ってきたイヤミなおじさんなのだが。

 

いや、私とて、「ぜひ、そうしなさい!楽しいよー!一緒に展示会やろうね。」

と言えたらどんなに良いか。

だが今はとにかく燃料代が高すぎる。

前の記事でも書いたが、月20万の燃料代を叩き出す事は、生活のサイフが一緒になっている個人作家には痛すぎるのである。

 

言い訳になるけど、今は静かな異常事態です。

 

実は今回、吹きガラスの窯を、薪で焚いてみたり、炭火を使ってみたりしているのは、燃料の事を改めて、考えてみたいからである。

そして、私は新しく吹きガラスをやろうとしている人達に、ぜひ、やってみて下さい!

と言えるようになりたい、と思っている。

ちょっと長くなるが、そこのところをちょっとこの際だから言っておきたい。

 

吹きガラス作家にこれからなろうとしている人達へ。

ここのところ、薪と炭を使って、吹きガラスの窯を焚く方法を模索しているのだが、実はまだ、「結局のところ、ガス代や灯油代がいくら安くなったのか?」

という、肝心なところは書いていない。

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窯に詰める薪の量にもよるし、作るものの大きさによっても、燃料消費量は違ってくるから、もう少し、データーをとらないと、本当のところがまだわからないからだ。

 

“薪と炭を使って吹きガラス” つまりこうゆうことだ。

 

だが実は結論から言うと、確実に節約出来ているのは確かだ。

作る物にもよるが、作業炉で、一日、3分の1から、半分のガス代は節約できているだろう。

しかしながら、

これは節約でやっているのではない!のである。

言うなれば、

「自分の汗が確実に仕事と結びつく。」

その手応えの為にやっている、と言った方が良い。

「金の話をすると野暮になる。」のである。

一日ガス代が、3分の2や、半分になったとて、お金に換算すれば何ほどのものでもない、せいぜい千円になるかならんかといったところだろう。

薪を切ったり、割ったりする手間を考えると、比較の対象にもならない。

では、なぜ?

金ではないのだ。

なぜ、自分が吹きガラス作家になろうとしたか思い出してみるがいい。

なんどでも言うが、金ではない。

この訳のわからん世の中で、自分の居場所を見つけるため、訳もわからず走っていた結果、こうなった。

のだ。

 

思えば。

当たり前のように入った学校では、当たり前のようにテストされ、何の役にも立たない数字を詰め込まれ、すべて点数がすべてで、一番以外は、いわれのない劣等感を埋め込まれ続け。

社会に出たら、社長にこき使われ、夜遅くまで縛り付けられ、腹をすかせてでも早く残業をすまそうとしたら、夜食をとられ、もらったお金を見れば、隣のやつに完全に負けてて、やっぱり、劣等感とつきあわされ。

そして、ガラス作家になってみれば、燃料代をかせぐため、やっぱり金が要り、気付いてみれば、町で一番灯油を注文する人間で、エネルギー業界のヘビーエンドユーザーで、かっこ悪く言えば、売人から見れば要はネギしょったカモで。

それでもがんばってデパートで展示会をやれば、今日の売上はいくらで、目標まであといくらで、ああ、そういえばあの作家さんはいくらだったかしら、と、やっぱりお金が顔になり。

思えば。

なんの為に作家になったのだろう?

 

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だから、この際だから言っておきます。

 

これから、吹きガラス作家になろうとしている人達へ。

 

ぜひおやんなさい。

あなたがあなたであるために。

でも、その為には、いままでの、常識や、習い覚えて来たことに、とらわれたままではいけません。

なぜならば、これからの時代は大きく変わるからです。

昭和の景気の良い時代に、形作られた窯のノウハウや、エネルギーの使い方ではこれからはやっていけません。

新しいやり方が必ずあるはずです。

まず、しじゅうガラス炉を焚くといった、無駄なやり方は変えるべきです。

寝ている間も金が燃えていく、風邪で休むのにも金がいる。

新しい焚き方にするのはむずかしいかも知れませんが、もう今のやり方で、個人作家はやっていけません。

いっしょに考えて行きましょう。

 

ガスや、石油や、電気の元締めに振り回されるだけの、「末端」では潰されるだけです。

 

何より、あなたが流した汗は、貴方のためにあるべきです。

 
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