「モリナガさんは、自然に囲まれた森の中で暮らす内・・・・」とありましたが、

観光バスに続いて今度はテレビの取材が来たりと、ブレイク寸前のようだが実は寸止めのモリナガですが皆さんお元気ですか。

私はこの所、休みなしで窯の前にいるので干上がっています。

さて、先日、KTSさんが、エムズギャラリーの展示会を取材して下さいました。

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KTSさんは何かとご縁があり、ありがとうございます。

今回、薪と炭を使った吹きガラス、という事で放送してくださったのですが、補足で説明させていただきます。

まず、「モリナガさんは、自然に囲まれた森の中で暮らす内・・・・」とありましたが、森の中にいるのは、子供の学校の関係で借りた山奥の家にいる時で、普段の吹きガラスの仕事は工房のある割と、住宅街の中でやっております。

何故か、私に会いに来た人は意外と、私が街中に住んでいて意外に思われるようです。

そんだけ森の中にいるように思われるのでしょうか?

嬉しい事です。

それから、「薪と炭を使って吹きガラス・・・」と、薪と炭だけ使って吹きガラスをやっているようですが、それだけでは温度が上がり切らないので、ガスと灯油も併用しております。

つまり、なんでも燃やしているのですね。

そのうち、天ぷら油や、バイオガスや、プラリサイクルや、水素ガスや、水蒸気爆発も使ってみようかと思っております。

以上、補足でありました。

マルヤガーデンズ、エムズギャラリーでの個展、明日までですので、お見逃しなく。

そうそう、エムズギャラリーさんがブログにアップしてくださいましたので、リンクしておきます。

エムズギャラリー2014年森永豊ガラス展

よろしくです。

カメラの違いは腕の違いか?

DM用の写真を撮るとき、失敗を恐れて何種類かのカメラで撮るのだが、最後にどの写真がいいか、と選ぶと、古いニコンのD200にニッコールレンズをつけた写真を選ぶ事が多い。

露出もピントも全てマニュアルなのだが、写真に何か味がある、のだ。

このカメラとレンズの、控えめな色の表現を見てしまうと、最近のデジカメが、実に上手いこと綺麗に見えるようにデジタル処理をしているのだな、とわかる。

一枚だけ見ると判らないのだが、比べると、あざとく、と言っていい程、綺麗な写真になるように処理されているのがわかる。

次の写真を見て頂ければ、判ると思う。

「まるいち」

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「まるに」

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わかっていただけただろうか?

まるいち。のほうが、最近のデジカメで、まるに。のほうが、古いニコンと、ニッコールレンズの写真である。

まるいち。のほうが全体に、パキッ!と写っているのに比べ、まるに。のほうは、ボケ味があるのがわかる。

特に、ボトルの影の部分を見るとよくわかる。

あんましハッキリしないほうがいい事もあるのだ。

炭と薪を焚いて作った吹きガラスはどう違う?

梅雨明けしてから、ものすごく暑い。
今年は冷夏かも、などと言っていたがとんでも無い。

今年もきっちり暑い鹿児島である。

しかも南方で台風10号が発生しているらしく、南からの蒸し暑い熱気が、太平洋高気圧のへりを回って流れ込んでいるたまらん蒸し暑い暑い状態だ。

 

さて、私は明日から仙台市に行ってきます。

もちろん涼みに行く訳ではないが、鹿児島よりは涼しかろうと期待している。

なにせ、ピーチエアと、カプセルホテルという、ミニマムな組み合わせなので、荷物は最小限!なるべく汗をかかずに過ごしたいので、涼しいければ涼しい程よい。

という訳で、ネット関係の荷物も持って行かない事にしたので、行く前に光原社さんに出品する作品をもう少し、紹介しておこうと思う。

 

さて、今回の展示会から、薪と炭をガス併用で焚いた作品を出す訳だが、この薪炭作品には、大きく分けて3つのパターンがある。

 

一番目、これが目で見て最も分かりやすい作品。

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薪の灰を使い、泡ガラスにしたもの。

普通、泡ガラスにするには、重曹を入れるのだが、今回は灰を使ってみた。 重曹だと、均一な泡になって、きれいはきれいだが、面白みがない。

灰の泡だと、ランダムな泡になり、面白いのである。

実は灰で泡ガラスを作るのは以前にもやった事がある。その時は大きめの蓋物を作ったが、あれもなかなか面白かった。
今回はルリ色のゴブレットを作った。

2番め。

吹きガラスに銀箔を使った薪炭作品

こいつは違いがすぐには判らないかも知れないが、銀箔を使ったパターン。
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今までにも銀箔を使った作品を作った事はあるのだが、出来上がりの箔の肌合いがイマイチだった。 
 

ところが今回、薪炭ガラスだと、箔がガラス生地に完全になじみ、しかもピカピカしている。 
 

これは薪と、炭を焚いたことで、炉内が強還元状態になり、銀箔の銀がきれいに析出したのではないだろうか? 
 

こんなにきれいな箔の状態は、私はいままで、(他の方の作品を入れても)見たことがない。 
 

これからの発展が期待できる薪炭作品である。 
 

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3番目 
 

定番作品のシリカ質の変化 
 

最後に、もう光原社さんに送ってしまって、手元にないので、画像をお見せできないが、今までの定番作品が、薪炭で焚く事により、少々、肌合いが変わった点である。 
 

どう変わったかというと、なんかピカピカしているのだ。 
 

これは薪や炭に含まれるカリ成分が、ガラスのシリカ成分と反応し、表面だけがカリガラスのような状態になったのではないか? 
 

まさかそんな馬鹿な事が、と思われるだろうが、ガラス表面のシリカ成分が、水の中のアルカリ成分と反応して、いくらこすっても取れない、「水アカ」が着く事を考えれば、そんなに馬鹿な推測ではない。 
 

いや、そう推測せねば説明がつかぬ程、明らかに前よりピカピカしているのである。 
 

ま、そうゆうことで、あとはご自分の目で確かめていただきたい。 
 

私はヒコーキの関係で、明日は夜に仙台に着。 
 

翌日から、土日の26,27日は在廊予定ですので、ぜひお声をかけて下さい。 
 

それでは。 
 

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吹きガラスの水滴。光原社出品作から

細い注ぎ口のついた、カラカラとか、すいのみ、とか、水滴などをたまに作る。

作らないと作り方を忘れてしまうから、たまには作らないといけない。

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作り方は、本体が吹棹に付いている状態で、熱いガラス種を、注ぎ口にしたい所にペトッとつける。

そして、吹棹に息を吹き込むと、熱いガラス種が、本体の身ごと(熱いガラス種の温度で、本体のガラスもいっしょに熔けて)膨らんでくるので、適当な長さまで延ばし、切りたいところを、火箸やピンサーでつまむとそこから冷めて切れるのである。

手伝いがいたり、付ける種の量が多いなら、種を種棹から切り離してもいいが、この写真のものくらいなら、種棹はつけたままのほうが、素早く作業できる。

つける種の温度を利用して、本体のガラスを熔かすのだから、早く息を入れないと、硬くなって、上手いこと膨らまない。

こうゆう熱燗用のカラカラとか、またはポッペンなどは、昔のガラス職人は昼休みにひょひょいと作り、子供のみやげとかにしていたらしい。徐冷もしない。

薄手に作るし、温度を見極めてちょいと水につける事で強化ガラスのようにしていた、とのことだ。

この話は、昔の大阪のガラス工場で、働いていた師匠から聞いた。

昭和30年代頃、この頃はガラスで作れるものはまだ、ほとんど職人が吹いて作っていたとの事。
ブラウン管とか、電球の玉とかもである。

今なら機械で作るものも全部職人が作っていた訳で、その頃の職人の腕は相当なものだったのだろう。
毎日いろんな製品をA品として作っていたのだから、カラカラや、ポッペンを昼休みに軽く作れたのもガラスに対する慣れが全然違ったのだろう。

私もポッペンを作ってみたが、半日やって、きれいな音がペッポンと鳴るのは2,3個しか出来なかった。

コツがあるのである。

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光原社と宮沢賢治とゴーシュのコップと詩人のこと。

「光原社」といえば、宮沢賢治を連想するのは私だけだろうか。

 

生前、まったく売れなかったと言われている賢治の最初の童話集、「注文の多い料理店」を出版したのが、盛岡で農業関係の書物を出版していた初代光原社主、及川四郎氏である。

 

若いころから、賢治ファンであった私は「光原社」といえば宮沢賢治であった訳だが、ガラスの仕事をするようになって、盛岡と、仙台に光原社という、工芸のお店がある事を知り、「もしかして、宮沢賢治とつながりがあるのでは?」と思っていた。

そして、後年、広島の舩木倭帆氏の元で、修行中の時、現在の光原社の若当主さんと、知遇を得る事となり、工芸店である現在の光原社さんも、宮沢賢治にゆかりのある光原社であることが分かったのである。

 

思えば不思議な縁であり、きっかけを与えてくれた師匠には改めて感謝している。

 

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それで、独立してから、光原社さんで個展をさせていただく事になった時、案内の葉書に次の一文を書かせていただいた。

 

「セロ弾きのゴーシュ」で家に帰ってきたゴーシュが水を飲むのはどんなコップだったのだろう。

そんな答えの見つからないコップを私はずっと作っていきたい、と思っている。

〜2010年7月光原社森永豊展示会DMより。

 

そして更に2012年、若かりし頃、バイブルのように持ち歩いていた宮沢賢治の最初の詩集「春と修羅」のような詩を書ける詩人になりたかった私は、調子にのって、また、賢治関係、のような、文を書いた。

 

売れない詩人になりたい。というのが若い頃のぼくの夢だった。どうして「売れない」が頭につくのかというと、売れない方が本物っぽく思えたからだ。ガラス作家になるということは半ば詩人になるようなものだから、とりあえずは夢がかなった、という事になる。

〜2012年7月光原社森永豊展示会DMより。

 

売れない方が本物っぽく・・・というのは、賢治の童話や、詩集が生前売れなかったり、ゴッホや、田中一村の絵が生前、評価されなかった、という話から、売れるのは本物ではないのだ!と若く、青く、硬く思い込んでいたのだろう。

今は私はそんな事は思わない。第一売れなくては、作品を作る原料も燃料も買えないし、それに、賢治もゴッホも田中一村もその後正しく評価され、作品はむしろちゃんとすごく売れたではないか。

 

そうゆう事で、今回も文章付の葉書が出来た。今回はあまり、賢治的、ではないが、それでももし、宮沢賢治が今の時代にいたならば、どのような行動をし、どのように感じられるであろうかと思えば胸が痛む気持ちも入っている。

仙台光原社さんで二年ぶりの個展です。

それで、一回目の個展の時、思いつきで賢治くんガラス人形を作ったのだが、今回、またリクエストがあったので、作ってみた。

勝手に現在によみがえらせてすいませんとこころで謝りつつ。

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光原社出品作から、 「Kenji」

光原社さんと宮沢賢治との、由来については、仙台光原社さんのホームページに詳しく、書かれているので、興味がおありの方はぜひ読んで見られる事をおすすめする。

簡素でわかりやすい文章で、当時の宮沢賢治と、及川四郎氏と、もう一人、近盛善一氏との面白いエピソードが紹介されている。花巻農学校時代の若き賢治と、及川、近盛両氏の熱い語らいが目に見えるようである。

 

仙台光原社:すぐれた手仕事

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吹きガラスでの失透生地はこんな感じ。

(仙台光原社、出品作品より。)

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吹きガラス、というかガラス全般であるが、「失透」という、やっかいな状態の生地になることがある。

これは、ガラス生地が、ある条件下に置かれた時、結晶、もしくは結晶核を生じ、結果、ガラスの透明感が失われ、つや消し状態や、つぶつぶ状態になってしまう事を言う。

焼き物で言うと、失透釉、マット釉、の感じで、なかなか悪くないのだが、この生地になってしまうと、固くて作りにくいは、結晶核化が進むと、溶けきれなかったコムギ粉のダマみたいになって、そこからヒビ割れるはで、進んで仕事したくなるような生地ではない。

 

私の窯では、温度が作業温度に上がりきれないと、なる事があり、その時はしょうがなしに作ったりする。

しかし、とにかく歩留まりが悪すぎ、進んでしたい仕事ではない。

だが、なんとか取れたものは、なかなか味があって、良いのである。

特に、水を入れると、霜がついたようでなかなか綺麗だ。

失透、英語で言うとデビトリフィケーション、

覚えておいてもあんまり役に立たないけど、こんなガラス生地もあるという事で。

 

 

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春に埋もれるコップたち。

春ですな。

 

いやおうもなく春になってしまいましたが、暑いのが苦手な私としては、できるだけ冬の感じでいてほしかった。鹿児島の冬は来るのも遅いが、去るのは早い。かと言っても家の中が風通しがいいので、鹿児島の冬はけっこう寒い。暑いのも苦手だが、あんまり寒いのも苦手である。まあ、つまり根性なしですが。

春になると困る事がいろいろある。若い時はもやもやしたりしてこまりものだったが最近はそうでもないのはいいとして、とにかくいろんな事がどっと沸き起こってくる感じで、とても手がまわらない。

そして今日の困りものは春になるとガラスの写真が撮りにくくなる。ことである。

なんでかというと、春はあんまり緑がまぶしいので、ガラスの写真を撮ろうとすると、緑にガラスが埋もれてガラスが緑負けしてしまう。

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そして今日は、お客様からガラスのコップの問い合わせがあったので、メールで写真を送ろうとしたら、ドツボにはまる。

写真は緑が強すぎて色がおかしいし、
できれば、写真に、価格や、作品名が一緒に書いてあったら見やすいだろうと思って、説明の入った枠内に写真を入れ込んだ感じにしようと、久しぶりに使うアプリを起こしたから、もうグチャグチャでわけわっからん。

お客さんには悪かったが、ただのメール文と、写真でかんべんしてもらう。

 

ようやく、夜になりできた。

つまり、こんなふうにしたかったのですな。

 

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使ったアプリは写真現像ソフトと、写真加工ソフト。
いずれも無料のもの。

ニコンの写真現像ソフトは、使い方がさっぱりわからんうち、お試し期間があっと言う間に過ぎてしまったし、写真加工ソフトとしては、一応アドベ、フォトショップがあるが、画面がややこしすぎてかんにんして下さい。

結局、無料のこれとこれ、を使う。(Mac用)

RawTherapee

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Seashore
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いずれもインストールはしたが2,3年放置して、寝かせてあったやつ。

寝かせたほうが、相性がよくなるのもしれん。

無料だとお試し期間関係ないし。

画面もけっこうややこしげだけど、なんか慣れた。

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今日はとりあえず出来たが、きっと忘れるだろうから、そのうち暇が出来たら使い方まとめとこう。

でもきっとやらないんだよなー。

グラス、グラス、グラス。

展示会も三日目となると、ちょっと疲れが出てくる。

なにせ、いつもと違うことをしているので、体が慣れてくるのが三日目くらいになるのだろう。

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それで、眠くてしょうがなかったのだが、今日は私の吹きガラスの師匠の奥さんと、ギターの師匠がいらしてくれたので、元気が出る。

吹きガラスの師匠は、本当にこの人がいなかったら今の私もいなかっただろうというほど、人生の師匠であり、深く恩義のある人である。

そして、ギターの師匠はこの人との出会いがなかったら、妻との出会いもなかったという、不思議な縁のある人である。

ギターの師匠が、焼酎のお湯割りを飲む、ということで、買っていただいたグラス。

けっこう入るので、あまり飲みすぎないで下さいね。

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一人親方はオールバイ・マイセルフ

自営業といえば、何となく聞こえはいいが、最近なんか言葉的に陳腐化しているような気がするので自分では心の中で「親方」と呼んでいる。

「親方〜!こいつはどうしましょ!」

「あーそいつは時間食いそうだから、とりあえずこっちを片付けてからいっしょにやっちまおうや!」

と心の中で、弟子とやり取りしつつ仕事すると、なかなかはかどるのだ。

で、今日はDM用の写真撮影。

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(近日公開予定のため一部画像をカットしております。)

「そいつをもちっと左だ!」

と弟子に的確な指示を出しつつ、ちゃきちゃき撮影をこなす。

ま、30分ですんだ。

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(近日公開予定のため一部画像をひっくり返してしております。)

 

P.S.

タイトルの「オールバイ・マイセルフ」はエリック=カルメンの名曲でもあるが、私の作業中、頭のなかでぐるぐる回っている「オールバイ・マイセルフ」はブラインドウイリーマクテルの歌うオールドタイムブルース。

「♫全部 ひっとりでっ!」

と陽気に歌っていてテンポがいい。

ホントに何もかも一人で楽しくやっていそうだ。

 

 

 

 

イッチンで行こうぜ!

吹きガラス、イッチン
吹きガラス、イッチン

 

 

 

 

 

 

 

イッチンを使ったものを作らねばならなくなり、ふと思いついた新しいやりかたでイッチンの突起をつけてみたら、存外に、うまく行ってあっというまにイッチンの片口が出来てしまった。

10分もかからんかった。

ふつうはピンサーで引っ張ったりするのだが、今回のこのやり方なら、さらに素早く出来る。

そのへんによく転がっている道具で〇〇ることにより、簡単に突起が出来る。

道具というほどのものでなくても、出来るだろう。

さて、どんなものを使ったでしょう?

コメント、お問い合わせフォームなどから正解を答えて下さった方全員に、今度の展示会のDMをお送り致します。

(いらん?)

ま、そうゆわずに、よろしく。

ところで、

イッチンの正式なイントネーションは?

「イッチーん!」と友だちみたいな発音でいいのだろうか?

それとも、「いっち ンー」と下がるの?

???

今度沖縄の人に聞いてみよう。