荷造りを甘く見ていると、泣けるのはいつもの事ながら何とかならないか?

クラフト見本市の荷造りがやっと終わる。

いつものことながら見通しが半分くらい甘く、昨日終わらせるつもりが、今日の正午になってやっと終わった。

どうも私は、「荷造りなんぞ一日で終わる!」

と、勘違いしている箇所があるらしく、結果、いつも押してしまい、心の中で、涙ぐみながら荷造りをしている。

これはどうゆうことか?と、たとえて言うと、

開聞岳に登ろうとして、登り始めたら、実は羊蹄山だった。

(鹿児島県 開聞岳 かいもんだけ、見事な円錐状の山容から薩摩富士 さつまふじ、と呼ばれる。

標高924m)

(北海道  羊蹄山 ようていざん、見事な円錐形の山容から蝦夷富士 えぞふじ、と呼ばれる。

標高1,898m)

標高が倍くらい違うんだな。

 

ほかの例えで言うと、山登りしようと、ワクワクしながらディパックに荷物を詰めて、やっと、ふもとの登山口に着いたら、もう日が暮れようとしていた。

 

という感じである。

ま、とにかく、荷造りを甘くみていると、あとで泣きを見る。

もう何とかしようではないか。

 

せめて今度からは、登山口に昼前には着くようにしたい。

で、

荷造りを終えて外に出たら、もう梅の花が咲いていた。

なんか損した気分。

 

mo_201402022

 

 

 

 

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