鉄型シキ二題。
鉄型の底に入れるシキ、型の底の部分。
この二種類のシキを使い分ける事で、単純なテーパーの鉄型が、何種類もの製品を生み出す事が出来る。
ひょっとしたら無限かもしれない。
さらにこのシキを使う利点として、型に入れた時点で既に底が決まっている、という点。
つまり、中央が膨らんでやや高く作ってあるので、底をもう一回ならす必要がないのである。
ちなみに左側のシキは中央部が凹んで高台になるように作ってある。
型に入れてすぐにポンテに行けるので、仕事が早い。
おんぼろ小屋で今日もコップを吹いている。
エムズギャラリーさんでの展示会も無事に終わり、搬出完了。
うっとおしい、雨の多い天気の中、お越しくださった方々、ありがとうございました。
直接、お会い出来なかった方々に、この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
「ありがとうございました。」
もし何か、不都合な点がありましたら、ご遠慮なくお問い合わせ下さい。
たとえばコップの底に10円玉がひっついていた、などでしたら、すぐにお取り替えいたします。
さて、次は熊本のなかお画廊さんで、布の方と、焼き締めの器の方と三人展。
このペースで一年中仕事をしていたら大豪邸が建つ、かもしれないのだが、悲しいいかな、忙しいのは夏のこの季節だけで、あとは静かなものです。
今、色壺に入っているのはラムネ色。
ラムネ瓶の色にしては濃いが、上に透明を巻くと丁度いい色になる。
最初下のほうにラムネ色を巻いたが、「あ、濃すぎたかな?」と思って、逆にしてみた。つまり、首にラムネ色、下の四角部分が透明である。
ところが、さまし窯から出してみると、そんなに濃くなかった。
意外といい感じである。
でもこれは一個しかない。
これがコインとか、切手とかだったら希少種で、ばかのように高い値段がつくのだが、作った本人が自らばか高い値段をつける訳にもいかず、残念。
希少と言えば、近ごろガラスの色原料を調べていたら、希少重金属が良く出てくるが、けっこう体に悪いらしい。セレンとかコバルトとか。
希少金属、つまりレアメタルだが、最近はますます希少になり、ガラスの原料価格もどんどん上がって困りものである。
特に「金」が高い。
もともと高いのだから、どこかの欲深な誰かが買い占めてとっくに市場から無くなっても不思議はない希少金属なのだから、まだ出回っているのがキセキなのかもしれない。
ちなみにウチにある希少食料、ポテチとか、甘いものとか、トマトとか、まれには削りたてのかつお節、などはあっという間になくなる。
ガラスの生地は同じように見えても実はいろいろあって、透明なガラスでも、窓ガラスと、瓶とは成分が違うし、工芸用のガラスという特殊な分野でも、薩摩切子などのカットガラスと、私たちのような吹きガラスとは、また成分が違う。
どうして違ってくるのかというと、ガラスの原料に混ぜるものによって、ガラスの性質は違ってくるからである。
ガラスというのは、ダイヤモンドなどの単体結晶体ではなく、いろいろなものが混ざった化合物である。
そしてその主成分は硅砂という、砂状のものが、主なのだが、それ単体では、よほど高温にならないと熔けてくれない。
そこで触媒として熔けやすくするものを化合物として加えると、温度が低くても、硅砂が熔けてくれるようになる。
カットガラスだと、鉛がそれであり、瓶などだとソーダ灰を混ぜる。
薪窯の焼き締めの器が、釉薬を塗っていないのに、ガラス質のように表面がてかるのは、薪の灰のカリ成分が粘土中の硅砂を触媒として熔かすからである。
従って、ガラスも初期の頃は、薪の灰から、カリ分を抽出し、硅砂を熔けやすくしていたらしいのであるが、それは大変な手間だったそうである。
さて、であるから、何が言いたいのかというと、ガラスの生地も同じように見えて、実は千差万別である、と言いたかったのである。
作り手としては、なるべく自分の好きな感じの生地を作りたい。
私は最近、この画像のように、硬くもなく、柔らかくもない、感じ、の生地を目指している。
と言っても透明なガラスだと、どこが違うのかわかりにくいかと思うが、人間の感覚というのは敏感なもので、実物を見て、触ってみると、「あ、このガラス柔らかい」とか、「ずいぶん硬い感じのガラスだな。」と違いが確実に判るものだ。
という事で、実物を触って見たい方は、6月18日から、鹿児島のエムズギャラリーさんで、展示するので、ぜひ触ってみて欲しい。
鉄型そば猪口。
今度のはいい感じに出来た。
けっこう難しい割に値段が安めなのは自分にたまにはきびしくしようと思って。
で、
安いっていくらなんだよ?はこちらから。
宣伝かよっ!って感じですが、こちらのショップ立ち上げ時はまだ作り始めなので、不慣れな感じの写真も出てますねって事で、よろしく。
ついでながらホームページも更新しましたのでよろしく。
6月18日からエムズギャラリーさんで個展です。
「私的な詩的吹きガラスたち」